第4回プロジェクト会議報告

テーマ 京阪電気鉄道のまちづくり
    〜くずはローズタウンを中心に〜

講演者 京阪電気鉄道株式会社 鉄道事業本部建設部部長 新島健士

日 時 平成13年3月24日(土)

参加人員 10名

 大阪、京都、滋賀において街づくりを行っている京阪電鉄の新島部長に、「くずはローズタウン」を中心とした京阪電鉄の住宅開発について御講演をお願いした。

1.京阪電鉄の不動産事業

 不動産事業のスタートは、戦前大阪から名古屋を目指して建設された新京阪線(戦後阪急に接収、現在の阪急京都線)沿線における茨木、吹田での開発事業であった。

 一方、京阪本線沿線は、大阪の鬼門にあたり、戦前においては阪神間に比べ開発が遅れていた。戦後住宅地として注目され始めたのは、日本住宅公団が香里ニュータウンを建設した頃からである。

 京阪は、枚方市の香里園、牧野と宇治市御蔵山等の小規模の開発で実績を上げていた。当時としては、まだ大規模開発を行うノウハウがなく、数十軒単位の開発が中心であった。

 開発の大規模化への一大転機となったのが、大阪府と京都府の府境に位置する「くずは地区」の開発であった。この開発は、それ以降の鉄道事業者による街づくりの見本となった開発である。以下に、開発の経緯と概要について述べる

2.くずはローズタウン

(1)概 要


図1 概要図

 図1は、京阪電鉄が開発した「くずはローズタウン」と、日本住宅公団によって整備された男山団地の概要を示したものである。両者の開発は、計画段階から相協力して行われた。

@くずはローズタウン

 開発面積は、大阪府枚方市楠葉地区110万m2、京都府八幡市橋本地区26万m2、合計約136万m2である。

 計画人口は、中高層住宅(戸数:24百戸、宅地面積:156千m2、1戸平均面積:65m2)において約84百人、独立住宅(戸数:28百戸、宅地面積:646千m2、1戸平均面積:230m2)において約113百人である。

A日本住宅公団男山団地

 京都府八幡市の丘陵地帯に位置し、開発面積が186万m2で、計画人口は約3万人である。

(2)開発の発端

  昭和35年春京阪電鉄は、沿線開発の一環として、八幡町の丘陵地帯へ住宅団地を誘致することで京都府八幡町(現八幡市)と意見が一致し、日本住宅公団に対して住宅団地誘致の申し入れを行った。

 その結果、公団側は進出条件として丘陵地帯までのバス路線乗り入れを条件付けた。これを受けて 京阪電鉄で検討した結果、アクセス道路の整備費を賄うためにも、当社独自で同丘陵地帯に約50万m2の住宅開発を煮詰めることが必要となった。この計画検討が、「くずはローズタウン」誕生の発端となり、最終的に約136万m2の大ニュータウン造成計画となった。こうして、当該地区の開発は、下記3つの整備が以降の街の発展において大きな役割を果たすこととなった。

@京阪電鉄と日本住宅公団の要望によって作成された都市計画学会のマスタープラン(S39)に基づく街路・公園及び公共下水道の整備

A駅移転と駅前広場、バス路線網等の交通ネットワークの整備

B大型商業施設を含む「くずはモール街」の整備

(3)用地買収

 くずは地区の用地買収は、対象地権者541名、買収面積136万m2で、昭和36年に着手した。

 京阪が買収した土地の約62%は、悪い排水性のために生産性が低い農地であった。その悪い排水性が障害となって、中小の不動産業者も買収に手を出さず、農家のほうで売却を希望しても相手が見つからない状況にあった。これらの地域的な要因も加わり、所要期間6年と比較的スムーズに買収が行われた。

(4)排水問題

 排水問題が、開発の最大の問題点であった。

 特に地元の枚方市は、開発後の公共施設の維持、管理による財政負担の面から本計画に対して難色を示した。

 京阪電鉄は、この排水問題は民間レベルでは解決できないと判断し、日本住宅公団と協議のうえで、日本都市計画学会に「八幡・くずは地区開発基本計画」の策定を委託した。これに基づいて両市町が都市計画を決定し、当社はこのマスタープランに従って街を整備していく方法で解決を図った。

(5)日本住宅公団からの開発条件

 日本住宅公団から進出の条件として、男山団地までのバス路線網の整備が条件付けられた。

 駅勢圏人口9万人に対応した駅施設と駅広及び丘陵地帯までのアクセス道路整備を、既設の旧駅を中心として整備することは、用地取得の面で困難であると判断した。そこで、比較的遊休地の多い大阪方300mの場所に駅を移設してこれらの整備を行った。こうしてローズタウンの玄関口としてふさわしい新くずは駅が誕生した。

(6)くずはモール街


図2 概要図

 日本都市計画学会のマスタープランでは、ショッピングセンターの必要性が強調されていた。

 これに基づき、日本で初の広域型の公園風のショッピングセンターを建設し、「くずはモール街」と命名して昭和47年4月に開業した。

 図2に示すように、デパート(松坂屋)とスーパ(ダイエー、イズミヤ)を核として70店の専門店と銀行などを有機的に組み合わせ、1,500台以上の駐車場を備えた本格的広域型ショッピングセンターを建設した。

(7)その他の整備

 地域社会への奉仕として体育、文化教室、図書館の3部門からなる京阪・くずは体育文化センターを建設した。その基本的な考えは、快適な生活環境の必要性のほかに、従来の新興住宅開発によくみられる地域住民間のコミュニティー阻害をできる限りなくし、文化・スポーツを通じて豊かな人間生活を創り出すことにあった。

 街路については、幹線道路を約30m、細街路を約8mで整備した。下水道は分流式を採用した。

 公園については、1万m2の樟葉中央公園を中心に 各区に計14の公園を整備した。

 このように「くずは地区」の開発は、法が未整備の段階において、計画段階から官民協力して街づくりを進めた点に大きな意義があり、後の官民一体のニュータウン建設に対して一つの方向性を示したことが大きく評価された。

3.現在の対応

 表1は、街の発展度を京阪樟葉駅の乗降客の堆移で示したものである。このように街は大きく発展してきたが、現在当地区は、高齢化に伴う街の活力不足に悩んでいる。

 そこで、京阪電鉄としては、街の活性化を図るために、新たに良質で話題性のある都市型住宅を供給することにした。15年度末を目指して高さ130mの高層棟を中心として4棟で計480戸のマンションの建設と「くずはモール街」の改草に着手している。

4.おわりに

 会議では、鉄道の今後の街づくりに果たす役割りを中心に、旅客誘致策から整備財瀕のあり方まで幅広く活発な議論がなされた。現在、多くの街が沈滞化状態に悩んでおり、疲弊した街の活性化が急務であるという点が参加者に共通した意見であった。今後の京阪電鉄の「街づくり」における健闘を期待します。


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