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悠悠録

対立軸

平峯 悠

 最近、世の中がつまらない。ワクワクするような出来事や辛辣でなるほどという意見や評論が少ない。テレビは同じニュースをいつまでも流す。何故だろうか?それは健全な対立がないことによるのではないか。

大阪では維新一色で若い市長や議員が選ばれているが、行政の経費削減いわゆる「身を切る改革」を売り物にしているだけで大阪以外には広がりを見せていない。会社・企業には内部留保だけが増え一向に投資が行われず、賃金の上昇もみられない。国政を視れば、自民党一強で、野党といえば反対勢力に成り下がり新しい政策もない。東京はオリンピック等による一人勝ち、地方はインバウンド頼みで地域の疲弊や人口減少が進み地域構造が極端に歪になっているにもかかわらず、有効な施策がない。

世の中は何時どんな時でも、対立する思想や考え方があり切磋琢磨することにより良い方向に進んでいく。大阪都構想などと騒いでいるが、戦前の首都機能強化という意味での東京都は意味を持つが、大阪市という独特の都市の成立ちや現在の成熟を視れば「大阪都」にする意味が見当たらない。大阪府との二重行政を批判するが「健全な対立」と考えれば問題はないしそれが大阪の特徴でもあった。都道府県と指定市、中核市を含む大小の市町村が、それぞれの特徴を生かして切磋琢磨している。これを効率的・ムダという評価で一つの方向に向かわせるということは歴史的にもナンセンスであることは容易にわかる。対立しそれを調整していくことに社会の面白さがある。一方、地方でどんなに頑張っても限界があり、徹底した地方への財源や権限の委譲は不可欠であるのは誰でもわかる「対立軸」であるにもかかわらずまともな議論が進まない。「日本列島改造論」は田中角栄氏の強い「ふるさと創生」の思いがあり、金権政治というレッテルを張られ批判されるが、極めて優れた対立思想に基づくものである。国対地方というのは間違いない「対立軸」であり、健全に機能して初めて豊かな国家となる。

社会を面白く活気づける対立軸はいくつも考えられる。社会の現象に対しては貧-富、盛-衰、新-旧、公-私、地域を対象にすると広い-狭い、大-小、政策や考えとしてはソフト―ハード、動-静、開放-閉鎖などが考えられ、そこに社会哲学を加えれば立派で健全な「対立軸」が生まれる。この二項対立は無くしてはならない社会のカウンターバランスでもある。日本の原発ゼロは対立軸というより現政府の政策批判に過ぎない。原発を健全な対立軸にするには、地球全体のエネルギーや環境問題と関連させ、経済発展と科学の進展を見据えた人類の在り方に言及するのであれば賛成である。小松左京氏の小説による痛烈な文明批判、司馬遼太郎氏の歴史に基づく国家論や社会論のようなワクワクする対立軸を求めたい。「やってみなはれ」はサントリーに伝わる名言であり、立派な対立軸であり、姑息な利益追求のサラリーマン社長率いる会社では生まれようもない。それも消滅しかかっている。


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