「平成」から「令和」へ

変化が加速した時代「平成」

小西道信

 平成の半ばまでは都市開発に、その後は公共公益施設の管理運営に携わった。平成の時代を強いて一言で表すなら、変化が加速した時代と感じている。

<まちづくり>

平成2年に箕面市小野原の宅地分譲において3816倍の応募倍率を記録したが、まさにバブルの絶頂だった。宅地の販売がペースダウンしてきたころ阪神淡路大震災が発生し、復興対応の区画整理事業を実施するため、全国から技術者が集められた。ニュータウン事業の見直しを進める一方で都市再生へのアプローチが始まった。未認可地区、さらに事業中の地区も事業採算の視点から工事速度が制限された。工事屋泣かせの時代だった。

<まちそだて>

平成13年から出向して、TV難視聴エリアにあるニュータウンでの再送信事業を担当したが、技術変化への適応力とスケールメリットを発揮する周辺事業者に順次事業を引き継いでいった。商業施設の建設・運営にもタッチした。規制緩和を背景に近隣エリアに出店する商業施設との競合、さらには「量から質へ」「効率から満足へ」「モノからコトへ」と変化する社会や生活者の評価軸への対応が大きな課題だった。その中で、まずはセンターエリアへ来てもらう、そしてファンになってもらおうと、イベントの開催、花クラブの結成等にも取り組んだ。センターエリアが活性化すれば生活者も便利で心地よいし、来場者が増えればセンターも賑わう。センターに立地する企業も市民の視点に立ち生活者と一緒になってまちを育てていこうとする企てだった。

<退職後>

自立心が高い両親は、行政に頼らず極力自分たちで何とかしようとしてきた。自宅にて老老で支え合った暮らし、住宅型の老人ホームに移り食事・清掃等の生活支援をうける生活、そして介護型への転居…、と「住まい方」を転換し対応した。医療の進歩により延びる寿命、介護・支援の公助化による家族の負担軽減と公負担が増大する現状を実感することになった。退職後は、住人・同窓・OBつながりで外に出る機会を多く得ている。ニュータウン巡り、歴史探訪、囲碁サークル等の活動の企画者となったり参加者となったりと、私なりの社会参加を楽しんでいる。

<おわりに>

地デ研「STUDY21分科会」は“街には心の拠り所が必要だ”をテーマに平成15年に発足した。私は当初からから参加してきたが、中でも年1回の合宿は、それまで知らなかった土地、風景、社寺・仏閣、文化等に触れ、その体験を共有する機会となっただけでなく、生活の柱の1本となっている感がする。変化の早い時代だけに、一層拠り所の必要性を感じる。


HOME   潮騒目次