「平成」から「令和」へ

「昭和」→「平成」→「令和」

~河川敷で橋梁を見て思うこと~

下條章義

 昭和17年生まれの私にとって、「昭和」は46年間もの長き時代であり人生の形成からピークを迎えた時代だった。そして「平成」の30年間は言わば、人生のゴールに向かう期間であったようだ。これからの「令和」の時代に何年か生きるとして、その日々は目の前にゴールテープを見るようなものだろう。

土木屋の端くれとしてこの「昭和」の46年間、「平成」の30年間、「令和」の数年を身近な散策路、淀川河川敷を歩きながら日々目にする大きな橋梁の歴史に振り替えて考えてみた。

自分にとって「昭和」の時代は、いわばこの橋の下部工事の期間、「平成」の時代は上部工が出来上がり供用開始した時期、「令和」のそれは維持・補修工事の時代かなと。

下部工事でも基礎杭の打設は学生時代の20年ほど。橋台や橋脚の建設は、社会人としての修業時代の20数年ということか。「平成」に入ってようやく上部工の架設工事に取り組み、半ばの10数年ほどでこの橋は完成したと思えてきた。この時期が60歳の定年。

この橋が供用開始されやっと多くの方々に利用してもらえるようになったということは、自分の人生を形成してくれた親、兄弟、先生、それに職場などでの先輩、同僚、友人、知人など多くの方々にお礼や感謝をする時代になったということだ。「平成」の後半とこれからの「令和」の時代は、この橋を少しでも長期に役立つよう維持・補修して行くことかなと思えてきた。

こんな独り言をつぶやきながら、今日も淀川の広々とした河川敷を歩いている。 


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