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「平成}から「令和」へ

 天皇陛下が4月30日に退位されたことにともない、皇太子さまが5月1日、新天皇に即位され、新元号「令和」の時代が幕を開けた。約30年間の「平成」の時代を振り返ると様々な出来事が思い浮かぶ。地デ研会員4名から各人の思いを寄稿してもらった。

地デ研「分科会」との関わり

~平成を振り返る~

茂福隆幸

平成を振り返るに当たり、仕事、家庭、趣味、社会情勢のことなど考えてみたが、折角なので、地域デザイン研究会との関わりについて振り返ることにした。

私が入会したのは職場の上司の勧めで平成9年頃だと思うが、当時は6つの研究分科会があり、その内の一番分かりやすそうな「まちと個性」分科会に入会した。分科会ではまちの個性化について、個性を形成するものや実現化の方策、公民の役割分担などの視点からフィールドワーク(FW)や話題提供を踏まえ、ミーティングにおいて議論した。

平成12年7月の「ニュータウンにおけるまちの個性」をテーマに、香里ニュータウンのFWの際に、前任主査が転勤のために、私が主査を引き受けることとなった。主査となってから平成16年5月まで、年3回程度のペースで計15か所のFWを行った。平成13年11月の長浜市・黒壁スクエア地区のFWで、(株)黒壁の常務に説明を聞いてからは、まちを見て歩くだけでなく、まちづくりに関わった方から説明を聞くようにした。平成14年10月の阪急豊中駅前のFWからは、まちづくりのキーパーソンに着目し、その方々に説明や案内をお願いした。また、FWの後の懇親会は欠かせないものであり、その際の意見交換などは有意義なものであった。当時は定期的に「ワークショップ」において分科会報告会があり、鋭い指摘や質問の前に冷や汗をかいたのを覚えている。

その後、平成17年に分科会活動の見直し再編を経て、新たに「まちを視る」分科会の主査として活動を再開し、平成25年5月の「省CO₂タウンプロジェクト」をテーマにしたあやめ池遊園地跡地開発のFWまで、延べ8か所を行い主査を交代した。「まちを視る」分科会で特に印象に残っているのは、平成21年10月の「誰もが知っている大阪、誰もが知らない大阪」をテーマにした大阪市天王寺界隈のFWで、新世界、あいりん地区、一心寺の長老の講和、旧飛田新地等を視て歩いた。あれから10年経過しただけで、あべのハルカスやてんしばが完成し、新世界でのインバウンドなど、随分と変わってきた。平成から令和へと元号は変わったが、もう一度、平成の時代にFWを行った「まち」を視て歩きたいと思う。


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