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旅ゆけば~

親子愛と阿蘇山を望む旅

西本和正

83歳になる義母の「秀ちゃんのところに行ってみたい」という一声で旅の企画は始まった。「秀ちゃん」とは秀之という義母の二男で、もう2年程宮崎に単身赴任している。妻は直ちに連絡をとり、秀ちゃんは早速旅の手配をしてくれた。あっという間のできごとだった。平成30年11月22日の夕刻、その旅はスタートした。

旅の行程はなかなか大変なものであった。義母、妻、そして私の3人、車で大津を出て、大阪南港からフェリーに乗り愛媛西条の東予港まで船中泊。翌日早朝、今度は四国松山自動車道を西に走って八幡浜港へ行き、船で九州大分の臼杵港に渡る。そこで秀ちゃんが合流し運転を代わってくれた。それからひた走りに走って、宮崎九重山の天空の散歩道“夢”大吊橋。息子と娘に寄り添って長い吊り橋を渡る義母、その3人の姿は語らずとも親と子の心が溢れていた。私はカメラマンに徹した。その日の最終目的地は阿蘇山の麓の国民休暇村であった。みんなで温泉に浸かって、静かに語らいながら美味しい夕食を頂いた。

いろんな港の日昼夜の活気ある風景。船から望む瀬戸内海や対岸のまち並み、そして、九重から阿蘇に向かう道中の晩秋の山並み、ススキ原、いろんな渓谷の姿も素晴しかった。とりわけ、翌朝の休暇村から望んだ朝焼けに刻々と変わる阿蘇山の光景は最高であった。翌日は、その阿蘇山頂へ向かった。遠くで見ていた姿と全く逆で、噴煙を上げ、人を寄せ付けようとしない火口を間近に見た。2年前の噴火の痕跡が所々に見られた。

帰りの行程はこれまでの折り返しであったが臼杵港で別れ際に義母が息子に向けて一言「ありがとなぁ」と伝えている光景がこの旅の全てであった。そんな純粋で微笑ましく、羨ましくもある「親子愛」を見届ける旅であった。そして、既に両親がこの世にいない私にとって、少し寂しく、でも、とても楽しい旅であった。 旅先の全ての光景、そして、阿蘇山よ、ありがとう。