STUDY21 「お水送り」神事の地を訪ねて

 今回の遠征は、毎年のように参加してきた東大寺二月堂の「お水取り」と対をなす「お水送り」神事につながる社寺探訪を柱とした。「水」からの連想で本州一標高の低い中央分水界のある石生、谷中河川争奪が見られる栗柄峠にも足を延ばした。ここでは、鵜の瀬(うのせ)などの一連の「お水送り」に関連する行動を記述する。

 お水取り」と「お水送り」

「お水取り」がご本尊に「お香水」を捧げる神事であり、「お水送り」は約束した「お香水」を二月堂に届ける神事。送り主の遠敷明神を祀る神宮寺堂内では、「閼伽(まか)水」を無上の「お香水」に変える行を行ったのち、「お香水」は松明行列に護られ鵜の瀬に運ばれる。淵の流れに注ぎ込まれた「お香水は」10日後二月堂の若狭井へ届く。

遠敷明神と神宮寺、若狭彦神社、若狭姫神社

 遠敷の地を拓き国造りした祖先が遠敷明神(若狭彦命)、その子孫により神宮寺は、714年に先住のナガ族の王を山上に長尾明神と祀り、その下に鈴応山神願寺として創建された。翌年白石神社に祀られていた遠敷明神を迎えて神仏両道の寺となった。1248年若狭彦神社を造営しその別当寺となり神宮寺と改称、明治4年若狭彦神社を国弊社とされ、遠敷明神社も社殿を毀された。 (神宮寺のパンフレットより抜粋)

<行程等>

◇実施日:平成29年8月30・31日
◇参加者:今中、小山、中尾、小西(文責)
◇コース:熊川の宿→神宮寺→鵜の瀬→白石神社→若狭彦神社→若狭姫神社→籠神社→琴引き浜→郷村断層→城崎・温泉寺→出石・水分れ資料館→篠山・栗柄峠

●鯖街道

 朝8時、晴れ、淀屋橋を出発。最初の目的地である鵜の瀬は、二月堂の北約90kmに位置し、小浜市域を東から西へ流れる北川に南から北へと流れこむ遠敷(おにゅう)川の中流根来(ねごり)白石にある。川に沿う街道は、「京は遠ても十八里」と親しまれた鯖街道(針畑越え)の一部で、針畑峠を越え朽木村に入り京の出町柳につながった。御食(みけつ)国若狭から奈良や京の都に食材や大陸文化をもたらした道だ。この道を滋賀県側から鵜の瀬に向け山越えを希望した。しかし台風による土砂崩れのため林道部分が通行止めとなっていて、熊川宿から小浜へ出て遠敷川を遡ることになった。


神宮寺

鵜の瀬

若狭彦神社

神宮寺

 表門を入るとまず境内の芝生が目についた。本殿に近づくと注連縄が見え、参拝者は柏手を打つ。まさに神仏混淆の寺である。お水送りの時焚かれた護摩壇や閼伽井戸、椎の大木がそびえ、本堂の裏へ回ると椎の林の根元は青々と苔むしていた。神事の時の熱気とは対照的な静けさの中に何か荘厳なものを感じた。

●鵜の瀬

 神宮寺から「お香水」を護り大小千数百本の松明行列が行く先は、1.8㎞先の鵜の瀬。左岸は親水性の河川改修がされているが、右岸は切り立った岩肌が露出し注連縄が張ってあった。3月2日の20時過ぎ、大護摩の火が燃え盛る中で「お香水」を淵の流れに注ぎ込む様子を想像すると、神事に参加した人々の奈良二月堂とのつながり、国の安寧への思いの強さを感じた。

●若狭彦神社

 神宮寺の北400mのところにあり、本殿は厚い杉林に囲まれていた。一の鳥居を過ぎると気温が下がり静寂さが満ちていた。参道の両側にひときわ大きな二本の杉が現れ、二の鳥居と案内があった。若狭姫神社と合わせて若狭一宮とされ、社務所機能は若狭姫神社で行っていることが世俗さを軽減していた。ここ若狭彦神社は強い浄化作用があるパワースポットとして有名である。

●若狭姫神社

 若狭彦神社の北1.5㎞のところにあり、若狭彦神社から分祀された。社殿横の千年杉の下では、強い気が受けられる立ち位置を表示してあった。

●おわりに

 若狭彦神社の杉並木の参道では、自らに霊気を振りかけようと、しなやかに腕を振る女性にも出会った。その後姿(=上の写真)は映画のシーンのようで、幻想的であった。今回の遠征を象徴する場面だったかもしれない。

<参加者のひと口コメント>○若狭神宮寺(お水送り)と東大寺二月堂(お水取り)の密接な関係に感銘しました。これには、若狭ゆかりの良弁僧正が東大寺の開祖となったこと、神願寺で修業した実忠和尚が二月堂を建て「お水取り」の行を行ったことが伏線となっている。(K)

○ほぼ毎年お参りするお水取りは身を清め邪気を払い、気持ちを新たにする拠りどころであります。○長い間行きたくて待ち望んでいたお水送りの場である若狭神宮寺、鵜の瀬を訪れる機会を得たことを嬉しく思いました。一連の由緒ある地を訪れ、いつかぜひ3月2日のお水送り行事に参加したいとの思いを抱きました。(N)

○遠敷川の谷はほぼ真北に口を開けており、冬の日本海の湿った風が流れ込む。積雪が多いからであろう、山裾には湧水が多く、谷の空気は湿って重たく感じる。いかにも霊気が漂うような谷であり、お水送り行事を行う「神宮寺」、若狭国一之宮の「若狭彦神社」、「若狭姫神社」が建立され、若狭国の霊的センターを形成している。これらの社寺に共通するのは境内の湧水の存在であり、これが立地選定要因になったのではなかろうか。(I)


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