主張

シビルエンジニアリング(土木)に未来はあるか

平峯 悠

 第105代土木学会会長の就任挨拶(土木学会誌9月号)には驚いた。冒頭の「自然の営みの中で人間の存在領域を確保するためのすべての知的生産が土木」というのはその通りで、その哲学を私達土木技術者は十分に承知し誇りに思っている。しかし「土木が担う社会の基礎であるインフラの整備水準は未だ先進諸国のレベルに達していない、そのため国全体の貧困化が進んでいる。そのことを国民が理解していない。また土木の重要性が国民に届かなくなっている」という論には、「それは違うだろう」と言いたくなる。この会長は国土交通省のエリート官僚で、公共事業バッシングを受けた人であるため個人的にはやむを得ないとは思うが、国民感情とは大きくかけ離れているのではないか。

 公共事業バッシングの理由の第1は、公共事業の無駄や行き過ぎが指摘され始めた1997年頃からの政・官・業の対応である。長年、公共事業を先導してきた「霞が関」が地方を抑え、業界を指導し、世論の声に耳を貸さなかった。行き過ぎや無駄という意見等に素直に反省すればよいものを、批判するものを全て「敵」としため、味方でもあった一般の国民からも支持を失った。企業の不祥事や組織の過ちに対する謝罪会見での事例を見ればそのことは明らかである。第2は、財政投融資やガソリン税という目的税の使途を巡る不透明さと制度の欠陥が目立ち、国民の常識からみてあまりに行き過ぎた計画や事業が実施され、また一度計画・着手した事業を見直すことにこだわりがあったのではないか。

 これらの要因により、公共事業は「悪」という烙印が押され、行政改革という美名のもと予算が大幅に削減され、その結果必要な公共事業(特に公共物の維持管理費)なども削られ、公共物の劣化を早めることになり、土木技術の継続・継承にも影響することとなってきた。また大震災・災害の復興に必要な人的資産や業者の不足などが顕在化し大きな問題となりつつある。10月4日付の読売新聞夕刊で京都大学・高橋良和教授が「土木と社会のつながり」のなかで、土木は一般の人にとって身近な存在ではなくなっている、学者が目の前の研究テーマに目を奪われ、また危機感をあおることでしか存在意識をアッピールしてこなかったと反省の弁を述べている。やっと気が付いたか。自然に謙虚に向き合い、人との共生を基本とするという原点に立ち返り、土木技術の将来を考え直さねばならない。

 iPS細胞による再生医療やAI(人工知能)などは科学技術の進歩の象徴であり、また職人による技術伝承の重要性も再評価されている。要するに知的好奇心を刺激する技術革新が始まっている。モノづくりの原点である土木技術の分野に、将来的な魅力があるのか。高速道路や新幹線網、ダムや住宅・建築物は概ね充足され、これ以上の技術的進歩もなく魅力がないと若者たちからは見られている。しかし「世界を変える100の技術(=日経BP社、2016.10)」には、自動運転とそのソフトウェア、オンデマンド型の宅配サービス、大深度地下トンネル技術、橋の更新技術、ドローンと3D計測、交通安全技術、建材や工法の変化による住まいの変化、橋や住宅の制振・耐震、液状化対策、軽量止水設備など、土木の世界と密接な関係がある先端技術が紹介されている。高度成長期の国土全体の効率優先の技術から一人ひとりの生活や暮らしをより安全で幸せにする技術、言い換えると大規模な国土改変の技術から細やかで地域の人々の暮らしをよくする技術への転換が求められている。

 少子高齢化に対応した成熟した安全な「都市づくり」や「まちづくり」には解決すべき多くの課題が存在する。都市空間の地下利用(防災、道路・鉄道等)、安全安心の都市基盤整備、地域と交通・移動の再編などに新しい技術を応用すれば、将来は非常に明るく夢もある。今こそ「シビルエンジニアリング(civilengineering)=市民の技術」に立ち返る時である。


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