悠悠録

「計画」が消えた!

平峯 悠

 最近「計画」という言葉を聞かなくなった。地域の活性化、子育て環境の整備、骨太の方針、まちづくり、ミッシングリング、観光客誘致等などが新聞紙上等を賑わすが、国や我が町をこうしたいという計画は耳にしない。日本を牽引してきた全国総合計画も消えた。それに伴う五か年計画なども忘れ去られている。各市町村の「総合計画」は、地方自治法が改正され策定の必要がなくなった(平成23年5月廃止)。「計画の必要性」を行政も市民・住民も求めていないのか。

 現在の日本の繁栄は、これまでの国土計画、経済計画であることは間違いない。1963年に定められた第1次全国総合開発計画は、1998年の五全総まで、各時代を反映した目標を掲げ、地方・民間もそれを指針に五カ年計画などを作成し具体化してきた。しかしバブル崩壊や財政悪化はそれまでの体制や考え方を変えるよう求めた。そこに登場したのが小泉純一郎氏である。「自民党をぶっつぶす」「抵抗勢力との戦い」は大衆を喜ばせ、その目玉政策が今話題になっている「構造改革特別区域法(2002年」」である。日本の成長を支えてきた国の官僚制度とそれを支える地方政府等による様々な規制を政治の力で打ち破る、即ち政権中枢の内閣府の権限を強化することで生まれた。規制緩和と地方再生を柱に日本の長期低迷を打破する切り札と期待されると共に政治主導の始まりでもあった。

 企業、地方公共団体、NPO等誰でもが提案可能であり、それまでの霞ヶ関の決めた政策を実行するのではなく、地方の政策形成能力を鍛えるという実験の場となった。その内容としては、教育、農業関連、まちづくり関係、医療福祉関係特区など広範囲にわたり、斬新な提案からアイデア止まりに終わるもの、全国展開できるものなど様々である。この特区制度の最大の長所は金太郎飴的な中央政府の施策を地方独自のアイデアで変えようとするものであったが、逆に欠点は、目標を立て着実に実行していくという計画性よりも思いつき的な首長の公約、政党マニフェスト優先の風潮を作り上げたことであろう。特区制度だけが「計画」の意味を薄れさせたわけではなく、必要な施設も充足され、生活水準が向上したため社会の危機感も希薄になり、特に目指すべき目標がなくてもなんとか安定した生活できるという社会になったこと、また自らが計画・企画しなくても答えが用意されている効率重視のマニュアル化社会にもその原因がある。

 計画とは、「将来実現しようとする目標と、この目標を達成するための主要な手段とプロセスを組み合わせたもの。目標の達成時点や目標の内容が明確に示されていること、また目標を最も効率よく達成する手段が選ばれていること」とされる。目標が明確でなければ計画を立案することが出来ない、ということは目標を失ったら計画がなくなるということである。現在社会で共有できる目標は何か?観光客の誘致や地域の活性化のあとに何を求めるのか、進化し続けるスマホやIT技術は私達の生活や社会を豊かにするのか。

 計画が世の中から消えかけているが、「計画する」というのは人間の本能のようなものであり、その面白さを再認識し成熟社会での社会のあり方、豊かな社会を実現するための新たな目標を提起したいと思っているが…。


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