主張

熊本地震や鳥取地震から見えてくる「事前の備え」の大切さ

片瀬範雄

 東日本大震災から5年が経過し、ハード面における復興の進捗状況の地域差が大きく出ている中、部分完成のまち開きにこぎつけた様子、高台移転と合併施行したJR常磐線の開通、住民帰還の課題は残るものの南相馬市などにおける避難指示解除などの前向きなニュースが伝わる中で、昨年4月に熊本地震、そして10月には鳥取県中部地震の直下型地震が発生しました。地震=南海トラフ巨大=津波への対応と傾いている世相の中で、わずか22年前にも関わらず忘れられつつあった「阪神淡路大震災の脅威」を再認識させる年でもありました。

 熊本地震については、4月14日に中央構造線の西端に位置する日奈久断層帯で発生。そして2日後の16日、近接する布田川断層帯が発生確率0~0.7%と言われてきた中で、震度7の地震が相次いで発生し、「前震」と「本震」という新たな言葉が提起されました。ただ、前震の恐怖から家を離れ、車や避難所に多くの人が逃げ込んでおり、犠牲者数50名と少なかったことはせめてもの救いでした。

 一方の鳥取地震は、従来の約2000カ所の調査済の断層帯域で危険度が高いと思い込まれていた中で、実際には未調査断層の地域を震央としていました。 これらのことを考える時、現在発表されている今後30年間の発生確率は、海溝型が70%と高いのに対し、直下型では千年~数千年単位で生じることから0.数%以下といった極めて低い数値となり、逆に安全指数とみなされる傾向が強いと言われています。自治体が各家庭に配布したハザードマップにも「極めて低い」と記載されていたことから、被災者の一人から「地震への備えは何もしていなかった」と聞いた時、確率のみを信じるという「備えの不都合さ」を再認識させられました。

 熊本地震の被災状況に関して派遣職員の報告や現地視察から感じたことを数点あげると、阿蘇山の噴火灰の堆積物による山腹崩壊は、人の力の限界を認識するともその地盤条件の上で生活することを意識した対応の大切さ、例えばボーリング調査の採取物を視た時、0~2m部は泥土、50mにも及ぶ阿蘇山の噴火物地盤での基礎構造の対処のあり方、そして阪神の事例の伝承不足と認識不足は、上町断層帯や奈良東縁断層帯を抱え、埋立地も多い関西への警告でもありました。

 また、液状化についても熊本地震の薩摩街道沿いにのみに見る時、有効な対策工法が無い中、各自治体が真っ赤に塗ったハザードマップを配布し、市民への警告のみで良いのかといった疑念さえ抱くことになりました。 ボランテイアについては、「すでに受け付けは終了しました」という表示を見た時、遠方から来た人達はどのように思うのか、本来の自由闊達なボランテイアのあり方も検討する必要があるのではないかと感じます。

 仮設住宅については、東日本の時は寒冷地にも関わらず、神戸と同じ仕様や木造の快適なものが入り混じり、宮城県では1戸当たり800万円も費やしており、そのあり方に疑問を抱いている中、熊本では阪神の反省からスロープや庇も事前に設置、配置も1K~3DKまでを1棟内に混合させるとともに、地域集会所も入居前に設置し、被災者自らの自立とお互いのケアーがしやすくなるように配置するなど、過酷な仮設住宅生活の改善の様子を見ました。

 復興についても、東日本のように地元負担無しの財源処置はありえない中、健全な家屋がかなり残る中での区画整理のあり方、断層被害が大きい中での農業復活のあり方、南阿蘇村における大学撤退時の村つくり、都市とは異なる住民の絆の深い地域での復興のあり方など、今回の地震後の対応や復興計画は、南海トラフ巨大地震や上町断層帯地震などの被災地となる可能性が高い関西に対しての「事前の備え」の大切さや「事後処理のあり方」の示唆を与えてくれるものとして、動向を注視していかなければならないと考えています。