REPORT

STUDY21 レポート 「出雲村歴史探訪」に参加して

STUDY21分科会は、「生活者は、心の拠り所を求めている。その一つが宗教施設だ」という仮説をフィールド・ワーク中心に検証しようとしてきました。榮長さんから頂いたお父上の著作「原始(もと)三輪山」の趣旨と共通するものがあるとの思いで、地元の方々が主催する山旅に参加させてもらいました。(文責:小西道信)


狛の集落と棚田
  「原始三輪山」によれば、昭和37年に出雲市の大曲少年会と桜井市出雲子供会が「きょうだい子供会」を開催した際、同じ「出雲」の地名以外に「野見宿禰」伝承の存在に気付いたことがきっかけ。その実像を掘り起こしていくうちに大和出雲の新発見、ダンノダイラ(注:1)、「こもりく文化圏構想」に至ったそうです。現地踏査や古老へのヒアリングを行い、地域風土の素晴らしき素材を生かした地域の活性化を提唱されています。この山旅はその意思を継承する活動です。

 「狛峠を越えて笠間長者屋敷を訪ねる山旅」(注:2)は、昨年の「ダンノダイラ」に続いての歴史探訪。古代の幹線道路であった狛道(巻向~ダンノダイラ~出雲~狛峠~宇陀)の後半部分にプラスして三諸山(巻向山、初瀬山、ダンノダイラ周域)の南に平行する稜線を今回は歩きました。地元のNPOと顕彰会の方が案内人をしてくださいました。

 野見宿禰顕彰の関係碑のある出雲村十二柱神社に集合し、車に分乗して岩坂「菜の花の里直売場」まで登り、標高を100m程稼ぎました。参加者は総勢33名。万葉の研究者や、愛好者、歴史ガイド等々。出で立ちも地下足袋スタイルが3人もおられるなど多彩です。竹の杖と地図をもらって出発。谷筋に広がる棚田と対岸の狛の集落を見下ろす斜面地に建つ岩坂十二神社に到着。泊瀬朝倉宮跡伝承地(21代雄略天皇)の一つとなっています。

 そこから1間幅の舗装道を歩き狛峠のかかりへ。谷筋に沿った山道には水が浸み出し杉木立(=写真)が天を覆う。この峠は、阿騎野へ狩りに出かけた軽皇子が越え、宇陀からは辰砂や薪が運ばれ、また近年では笠間から初瀬へ尋常高等小学校の児童が通学した。軽皇子に同行した柿本人麻呂が詠んだ歌「東の野に炎のたつ見えてかえり見すれば月傾きぬ」を犬養節(万葉研究者犬養孝氏)で吟じながら歩く人もあり、歴史を感じつつ峠を越えると笠間。ここは、南北朝時代には北畠親房の所領だったこともあり、その娘・後村上天皇中宮顕子の新陽明門院笠間山陵が南面した斜面の中腹にある。御陵があるので墓を笠間域には建てられず、山裏の永井坂に建て、母の墓参に行っていると参加者の一人から聞いた。

 牛舎の牛の顔を見ながら車のほとんど通らない県道を東に歩み、以前小学校だった建物をコンバージョンした高齢者住宅でトイレを借りた。のんびりした中にも時代は変わっているのを実感した。

 昼食は、街道からそれ山道に入ったところで摂った。食後、ご当地ソングの歌謡指導があった。桜井めぐり「泊瀬路」篇(注:3)を鉄道唱歌のメロディーで歌う。集落ごとに歌詞があり、出雲版は野見宿禰にちなんだ詞であった。徐々に高度を上げ稜線にたどり着いたところが「蓑丸長者屋敷跡」と長者が捨てた「鯛の骨」の伝承地だ。辰砂で家財をなした長者をもじった伝承との説明も聞こえた。宇陀中継放送所のある岳山は、当日の最高峰。狛峠に至る稜線をしばらく下ったところで狛集落へショートカットする。ここからの下りは急な上ほとんど人が通らない道だが、下見に来た方達が、高度差100mの間の下草を刈って下さっていた。山仕事に慣れているとしても大変なご苦労だったと想像され、感謝。

「原始三輪山」の全図

 少しわき道を行くと立ち木を伐採して視界を広げ、山道からも2mほど高くデッキを組んだ狛展望台が現れた。三諸山、遠くには二上山が展望できた。林道を経て狛の集落最北部に稲荷神社があった。狛山城守がこの地に転封以来の鎮守という。30戸足らずの集落にもかかわらず、先の遷宮では各戸30~500万円を負担した様子が記されていた。完成の祭りの時には、帰省したものも含め300人が集まり、餅8斗を撒いて祝ったという。字界となっている谷川を渡れば出発地点。各グループから感想を述べ合い解散となった。

 自分の暮らしてきた土地とその周辺を歩くことで、参加者が土地の歴史と風土を再認識してゆく様子を知る旅であった。


(注:1)ダンノダイラ

(注:2)狛峠を越えて笠間長者屋敷を訪ねる山旅

(注:3)桜井めぐり「泊瀬路」篇 出雲

◇地域デザイン研究会参加者のコメント

  • 御神体、三輪山を支えた出雲集落と榮長翁の情念を偲う旅。各集落の伝承と歴史に対する地元住民の愛着と誇りがひしひしと感じられる道程でした。

  • 古代から綿々と営まれてきた地元の風習を知ることの楽しさを今になって気付かされたようです。次は、季節が良い時期にダンノダイラ山行を計画しているとのことなので、また同行するつもりです。

  • 一見、変哲もない農村集落が独特の歴史を持ち、習俗を維持している。しかもその習俗は近接する集落でも異なっている。とても不思議な体験でした。


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