発信

阪神・淡路大震災から20年、そして東日本の今

片瀬範雄

 6434名の尊い命を奪い、多くの財産と公共施設を破壊したあの忌まわしい大震災から20年の節目の年を迎えますが、復旧・復興に取り組む中で何に戸惑い、何を学んだか、そして今も抱える課題の一部を被災者責務として数点発信させていただきます。

 1点目に復興ですが、被災率が3分の2以上あった6地区について計画的な安全なまちづくりを行うために、建築基準法第81条に基づく建築制限をかけ、区画整理や再開発の都市計画決定を行政主導で行わざるを得なかったのです。わずかな制限期間ですから、第1段階としては区域と幹線街路や近隣公園など枠組みだけの内容で、通常時行う詳細な図面など無い中に決定した点は一つの英断であったと理解しています。

 なぜ出来たか。それは1981年に制定していた「まちづくり条例」に基づき進められたことにあります。権利者・被災者と、中立的な立場で意思疎通の出来るまちづくりコンサルタント、行政の3者が対等なトライアングル関係の中で、第2段階の都市計画決定が出来ると信じたことからとられた手法でした。施行にあたっては、出来る限り法令や基準などの行間に込められた意味を、被災者中心の解釈を行うといった柔軟さも併せ持ちながら事業を進めてきました。そして、施行中の新長田駅南地区での再開発を含め、新しいまちには従来の市民に加えてニューファミリーも増え、年配者・壮年層・青年層・小中学を含む学生・乳幼児など世代間交流が出来、公園などの管理も協働で行う街が生まれています。

 今、東日本の復興事業を見るとき、中小の自治体には事業経験者はほぼ皆無の中、支援職員が中心となり復興にあたっています。半年や1年毎に交代するシステムの中にあって、コンプライアンスが叫ばれ、決められた手続き通りに執行することばかりが求められているようでもあります。27年度までという復興予算の制限もあり、被災者への想いを十分発揮できない環境の中での苦しみをみたり、聞いたりするたびに改善の余地を見いだせない悔しさを感じています。

 両地震を教訓に、災害発生前に事前計画を策定しようとする自治体から意見を求められるとき、情報公開などの言葉だけに捉われず、被災者の意見を組み入れる手法や中間組織の存在を発揮できる体制も合わせて整備しておく必要性を話しています。

 2点目は自力再建が困難な被災者等のために約16000戸の公営住宅を建設しましたが、仮設住宅からの移転に際し、公平性と弱者優先の考えが先行したため、20年後の姿は高齢者が高齢者のお世話をする限界住宅群が各所に出現しています。設置した介護施設も入居待ちは数知れず、その状況はこれからの日本の姿を先取りしています。ただ救いは震災の時「自律」と「連帯」の気持ちで立ち上がった被災者も多く入居しており、彼らが行政の少しの支援で、行政で出来ない毎日の生活支援にあたっている姿は震災で学んだ心の「繋がり」の意義をより深く受け止めています。

 3点目は公営住宅の不足分を補うため、URや民間賃貸住宅を公営住宅として位置づけ20年間の期限付きで借り上げましたが、20年目を控える今、公営住宅への移転をお願いしなければならない状況にあります。

 東日本では11万戸強の仮設住宅の建設用地には限りがあり、かつ資材の供給も追い付かないことから、全国に公営住宅、UR、民間マンションなど約6万戸を借り上げて仮設住宅としています。彼らに帰郷の目途が立たないと自治体の存続すら危ぶまれます。いつまで仮設住宅の位置づけが続くか、それを解消するためにも、一日も早い復興が求められています。

 このような中、被災自治体の固有職員自らが現在抱える問題や20年後の課題に気付いていただき、彼らが主体になる復興を進めていただきたいと、昨年度は「復興まちづくりセミナーin神戸」今年度は「震災復興交流神戸セミナー」と称したセミナーを私の所属する神戸防災技術者の会が主体となり計4回20自治体50名を神戸にお招きし開催しました。まちづくりに取り組んだ被災者やコンサル、災害公営住宅に住まう人たち、実務経験職員との交流などハードスケジュールでしたが、わずか4泊5日のセミナーで得られるものは限られます。その中にあって被災自治体同士のネットの形成が出来たことが一番の支援となったと考えております。

 今後も東日本の被災地支援の輪を広げたいと考えておりますので、皆様のご指導、ご協力をお願いいたします。


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