読者の声

人生終盤で先人から学ぶこと

 40年間のサラリーマン生活を終え、人生終盤で何を信条とすべきか思いつくままに記述しました。

 儒教の中に「五常の徳(人間が守らなければならない5つのルール)」として「仁義礼智信」が記されています。

 「仁」… 思いやり、憐れむ心がやがて仁になる。

 「義」… 世のため人のため、人としての道。不義を恥、憎む心がやがて義になる。

 「礼」… 礼儀正しいことはもちろん、謙虚、感謝の心、へりくだる人に譲る心がやがて礼になる。

 「智」… 正邪を正しく判断すること。善いこと悪いことを論じることがやがて智になる。

 「信」… 嘘をつかないこと。信念、信条。

 今の自分自身、周りの人々、組織、日本国、周辺国etcで「五常の徳」で何が欠落しているのかを考えると判断・判定が
し易いのではないですか。

 「歴史上の人物名訓」も今では素直に受け入れられます。

<織田信長の好んだ幸若舞「敦盛」の一節> 「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり」

 下天とは六欲天の最下位の世で、一昼夜は人間界の50年に当たり、住人の定命は500歳とされる。「人の世の50年の歳月は、下天の一日にしか当たらない」という決意の意味。敦盛とは源平一の谷の合戦で熊谷直実に打たれた横笛の名手、平敦盛である。桶狭間の戦い前夜、清州城の信長は「敦盛」の一節を謡い舞い、陣貝を吹かせた上で具足を着け、立ったまま湯漬けを食した後、甲冑をつけて出陣した。

<武田信玄の言葉> 「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」

 風林火山で有名な武田信玄の甲陽軍鑑の中にある勝利の礎の言葉。戦乱の世、他国は堅固な城を築いているなかにあって、武田信玄は城を持たなかった。それでも戦国最強と言われたところに人を重視した言葉の重みがある。

<山本五十六の語録> 「やってみせ、いって聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ」

 自分でやって、お手本を見せ、容易に出来ると思わせる。言って聞かせて、納得させ、何とかやらせてみる。褒めて、いい気分にさせ、その気にさせる。

<山中鹿之助幸盛の宿願> 「願わくば我に七難八苦を与えたまえ」

 戦国から安土桃山時代に山陰の主家である尼子家再興に活躍した武将で毛利家に滅ぼされた。艱難辛苦の場面で月に向かって祈る名台詞。江戸時代に忠義・悲運の武将の鑑とされた。長男の山中幸元(鴻池新六)は武士を捨てて商人となり摂津の国、川辺郡鴻池村で酒造りをはじめ莫大な財産を築いて大阪に出て、豪商の鴻池財閥へとつながっていく。 地域デザイン研究会も後世に足跡を残せるように社会への御奉公で頑張りたいものです。

(堺の隠居)


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