主張

時代の変化と潮騒

―100号発行にあたり―

平峯 悠

 潮騒1号は1991年3月に、任意団体「泰山塾」の事務局便りとして、4月には第2号で「潮騒」と正式名称が決定。20年を経た現在は、季刊として年間4回を発行している。約10年の任意団体を経て2000年12月No51号からNPOとして再出発したが、第1号発行から現在に至るまでの主要な事柄・事件・世相などを順次列挙すると

◇政治経済関:湾岸戦争・バブル経済崩壊本格化(91)、自社さ村山内閣(94)、京都議定書採択・金融破綻・デフレ(97)、イラク戦争(03)、ライブドア事件(06)、食品不祥事(07)、石油高騰・リーマンショック・金融危機(08)、民主党連立政権発足(09)

◇自然災害等:雲仙普賢岳大噴火(91)、北海道西南沖地震(93)、阪神淡路大震災(95)、東海村JCO臨界事故(99)、中越地震・スマトラ沖地震(04)、JR福知山線脱線事故(05)、東日本大震災、台風12号(11)

◇社会資本関連:レインボーブリッジ開通・関西空港開港(94)、公共投資問題(97)、明石海峡大橋(98)、都市再生法(02)、中部空港開港(05)、等々の出来事が起こっているが、泰山塾および地域デザイン研究会は、どのような姿勢、考えで対応してきたかを潮騒記事を振り返りながら論評したい。

●自己研鑽の場として活用することが基本

 多様な人々が集まった泰山塾の共通の認識は、自己のスキルを高める、即ち自己研鑽であった。「ジャパンアズナンバーワン」が象徴する日本経済の最盛期の中で将来を展望したとき自らの力をさらに高めることの重要性が一層意識されていた。多くの分科会活動(多様化、再開発、リゾート、マネジメント、ホスピタリティー)を通して横断的な勉強が行われ、その精神は現在まで継続し、自己を磨くという姿勢は潮騒記事の中に読み取れる。

●バブル経済など政治経済にはあまり影響を受けていない

 バブルおよびその後の金融危機、経済の停滞、政治不信などの変化が生じているが、潮騒の記事からはそれらを極めて冷静に受け止めている。まちづくりの本質は人々の真の豊かさを実現することにあることを認識しているからであろう。表面的事象には惑わされない。

●将来の目標を常に展望し地域独自の方向を目指す

 潮騒の記事を読み直すと、社会の閉塞感・政治経済不安が生じても、その現実を直視し、新たな展望や目標を模索するという論が多くみられる。1990年代は日本全体の将来展望が中心であったが、地方分権の波が顕著になった2000年代からは地方独自のあり方や方向を目指す内容が多くなり、具体的な提言が行われるようになってきている。

●阪神淡路および東日本大震災はまちづくりに衝撃を与えた

 1995年の阪神淡路大震災は、被災した会員も多く衝撃的で、潮騒にも継続して記事となった。「住む」「働く」という生活が根底から覆され、ボランティア・NPOなどまちづくりのあり方や仕組みを問い直すものであった。地域デザイン研究会が社会貢献組織へと変化するきっかけになった。2011年の東日本大震災も同様日本の将来を左右するであろう。

 自己研鑽の場から社会に貢献する組織として継続する地デ研の機関誌「潮騒」は、当初の「分科会活動」「ペンリレー」に象徴されるように多くの会員の自主参加記事から最近でのシンポジウム、調査など地域に発信する内容への変化が見られる。加えて日本人および地域のアイデンティティー、文化、不易流行あるいは世代交代に関するテーマに関心が向けられている。

 100号の発行が地デ研および潮騒のあり方を再構築する契機となることを期待したい。しかし、自己研鑽と自己実現、会員相互のネットワークの重要性は全く変わらない。


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