平成15年2月8日13:00〜16:30
於:中央電気倶楽部

NPO法人地域デザイン研究会
フォーラム2003
目覚めよ!都市再生
〜公・民・NPOによる新たなまちづくり手法を求めて〜
パネルディスカッション記録

パネリスト:伊藤 滋(東京大学名誉教授、早稲田大学教授、慶應義塾大学客員教授)
      寺谷誠一郎(鳥取県智頭町長)
      小林郁雄(まちづくりコンサルタント・プランナー)
コーディネータ:平峯 悠(NPO法人地域デザイン研究会理事長)

(司会)

それではただいまからパネルディスカッションにはいりたいと思います。ディスカッションのあと会場からご質問を受け付けますので活発なご質問をお願いします。

寺谷 誠一郎さんは1967年成城大学ご卒業後、地元青年会議所理事長や森林組合理事さらには教育委員などの地域活動を経て、平成9年に鳥取県智頭町長に就任現在二期目をつとめていらっしゃいます。町民主導で進む独自の1/0運動、「ひまわりシステム」に加え、著名な民間木造住宅を一般公開するなど、交流人口を増やして町を活性化させる施策を次々に実践しておられます。

小林 郁雄さんは1967年神戸大学のご卒業で、大阪市立大学大学院修了後、都市・計画・設計事務所に入社し、都市プランニングの経験を積まれました。1986年に独立して潟Rープランを設立、現在も代表取締役をつとめておられます。

まちづくりコンサルタントとして神戸を中心に活動され、ハーバーランド整備計画やHAT神戸計画などに携わられた他、8年前の阪神淡路大震災においては自身が被災者である立場でもありながら、復興のまちづくりに参画され、住民と行政との間の調整などの活動をしておられます。

伊藤滋先生は、先ほどの話題提供に引き続きよろしくお願いいたします。経歴については省略させていただきます。

地域デザイン研究会代表の平峯悠(ひらみねひさし)は、1938年京都市で生まれ、64年京都大学大学院を修了、大阪府に入庁しました。土木部でもっぱら都市計画に従事し、都市計画課長・技監・土木部長を歴任、阪神高速道路公団理事を経て2000年大阪高速鉄道社長に就任、現在は鹿島建設顧問の職についています。都市計画学会副会長、土木学会「これからの社会資本整備に関する調査研究」などの委員長をつとめ若手人材に研究・研鑽の場をつくっています。豊富な行政経験とまちづくりNPOの立場で議論をリードいたします。

それでは平峯さんにマイクをお渡しいたします。平峯さんよろしくお願いいたします。

(平峯)

ご紹介頂きました平峯でございます。ただ今より1時間強パネルディスカッションということで「目覚めよ! 都市再生」と言う主題でもってディスカッションを始めたいと思うわけですけれど、先ほどは伊藤先生には非常に面白いお話を頂きました。大変幅広うございます。このパネルディスカッションでどこに焦点を当てるかが大変難しくなってまいります。今日お集まりの皆さん方は、官すなわち行政マンそれから建設業・コンサルタント・金融・NPO・まちづくり協議会や市民会議といった皆様方のご参加を頂きました。特に私どもはNPOということでこの主催をいたしましたので、NPOとかまちづくりを実際に市民の立場でやっておられる皆さん方のご参加は当フォーラムとしては嬉しゅうございます。ありがとうございました。こころから感謝いたします。

ただ、話題も幅が広くお集まりの皆さん方も幅広い層の方のお集まりですので、どういう結論になるのかについては、多少の不安はございます。主題は「誰が目覚めたらよいのか」ですが、決して皆様は寝ているのではなく目覚めているのですけれど「どの辺に目覚めたらよいのか」また「目覚めるためには何をしたらよいのか」「本当に目覚めることが日本の都市再生において可能かどうか」「都市再生というのはどういう方向性なのか」ものすごく幅が広うございますので、その辺のところが若干でも結論が得られたら有り難いと思っているところです。

そう言う意味でちょっと結論は見えませんが始めさせて頂きたいと思います。まず、伊藤先生にはさきほどお話を頂きましたのでちょっとご遠慮頂きまして後ほどご意見を伺いたいと存じます。寺谷さんと小林さんには恒例により自己紹介と伊藤先生の都市再生のお話を聞いて頂いた感想をお願いしたいと思います。

(寺谷)

皆さんこんにちは。智頭町長の寺谷でございます。智頭町は人口が1万人を少し切りましたが、昭和の初期には1万5千人の人口がありました。最近では高齢者社会になっており、年間100人の高齢者がお亡くなりになるのに対して出生者が50人ぐらいとどうしても計算が合わないのですね。やっぱり過疎化になりつつあるというような町でありますが、町の面積の93%が森に囲まれている林業の町でありますが、明治から昭和にかけては結構裕福な町でした。1本の大きい木を切りますと1ヶ月くらい優に生活が出来ました。しかし今は50年育てた杉の木が実は大根1本より安いといったとんでもない時代になってきています。これには非常に苦慮しておりますが、そんなことを言っても仕方がないので環境というテーマで森を考えようと思っています。

実はこの小さな町が大阪に勝てる何かの武器はないかと5年前に(実は私は2期目ですので、)考えまして空気・水は絶対に勝てるなと思いました。しかしそれだけじゃあインパクトが無いということで、例えば20階建のビルを町内に建てても大阪に負けますので、反対に古い建物をもう一度掘り起こそうとしました。当町は宿場町なので古い建物はまだ多く残っている、それに人間も1年々々確実に古くなっていくということで福祉に目を向けました。美しい空気と水をバックにした「古いもの」を大事にした町にしようとしました。

町には日本でも5本の指に入る山林王のお屋敷、これは今から建築しようとして何百億かけても出来ないだろうと思う住宅がありましたので、5年前私が町長になったときに町の核づくりになるのではと取り組みました。最初、家の当主に会いに行って「この家を出ていって欲しい」と切り出しました。相手からは「自分はこの家に住んでいるのだ」と怒られてましたが、要はこの屋敷を核として京阪神と繋ぎたいという思いがあった訳です。町民は今度の町長はちょっとおかしいのではないか、民間所有の屋敷を一般開放せよというのはほら吹きか大風呂敷だと町内で噂が流れたわけです。しかし、ここの当主は良くできた方で「あなたがそこまで言うのなら、この屋敷を京阪神との繋がりが出来るのであればと言う条件で寄付しよう」といって寄付してくれた訳ですね。ということから始まりまして今では年間10万人の方が京阪神から訪れるようになっています。そうするとどういったことが起きたかと言いますと、今まで眠っていた町民が「こういうことをやれば人が来てくれるのだな」と気づき、町全体が宝探しを始めました。町にはダイヤモンドの原石が眠っているのだから皆で掘り起こして良い町にしようということでスタートし勢いづきました。

次に福祉ですが後で詳しくお話しますが、いま町では80億円をかけて保健・医療・福祉の3位1体の福祉ゾーンづくりを徹底してやろうとしています。これは既に着工していますが、この場所に何と本当のダイヤモンドが出てきました。はじめは知らん顔していようと思っていましたが、ある大学の先生に見て貰いますとすごい遺跡だと言うことになりました。それを聞きつけたもう少し上の先生が見に来て今度は西日本一の遺跡でこれを壊すことはまかりならんと言いだし、マスコミも騒ぎ出して今えらいことになっているのです。

それと合併問題ですが、智頭町は合併せずに単独でいくと決めた途端、なぜ智頭町だけが単独でいかなきゃならんのか、もっと大きいところとくっつけば楽ができるじゃないか、バラ色の町が待っているといって反対運動が起きました。私はあれをすれば叩かれる、これをしても叩かれる、町長は寺の木魚みたいなもので叩かれるために居てるんだと思って見た途端に楽になりまして、「どうせ叩くなら叩いてくれ。ただしハンマーは使うなよ。壊れてしまうから。」といってやっております。

いま町は非常に活気づきはじめました。合併問題は単独でいきますが、(我々の)視野は関西方面です。そう言った意味で皆さんには色々と親しくして頂きたい。先日は県知事に頼んで県の大阪事務所に4月から役場の優秀な職員を赴任させました。

まだ色々と言いたいことはありますが、とりあえずはここまでにします。

(平峯)

有り難うございました。後でまたお聞きします。それでは小林さんどうぞ。

(小林)

こんにちは。神戸の灘区で都市計画事務所の「コープラン」というのを1986年に設立いたしまして約17年前からやっております。その前の17年間は「都市・計画・設計研究所」というところにおり、都市計画のコンサルタントを神戸を中心にもう35年ほどやっております。

今日の都市再生というテーマからみて、「都市再生」は東京と大阪のことで智頭町は都市再生には関係なさそうだなあと思っていましたが、先ほどのお話で「いやそうではなくて、草の根都市再生ということ」でなら多少は関係があるのかなあと思いました。私の経歴にはコンサルタントと書いていますが、実はこの4月からは「都市計画コンサルタント」の登録が抹消されました。何故かと申しましたら決算が赤字なのでそうなりました。この2〜3年はそれでもプラスマイナスゼロぐらいでして、この時世ですのでそれでも立派なものだと思いますが、震災以後の借金がありまして借金資本金より多いと会社としての建設コンサルタント登録が出来ないという不思議なことになっております。

国土交通省の方がおられたら是非とも訴えなければならないと思うわけですが、まあ私のところは1級建築士事務所でもありますので全く出来ないということではありませんが、コンサルタントと書いているのは呼称違反ということになります。

それ以上に震災後が私が神戸に居たということもあり、全くプランニングやコンサルタントといったことはやってなくて、名簿に書いてますとおり「復興市民まちづくりネットワーク」という組織をずっとやっております。こちらの地域デザイン研究会のように今年中にはNPO法人組織にして、先ほどの伊藤先生のお話によると仕事もどんどん出てくるということですので、そちらで生きていく方が良いかなあと思いながらやっています。

2〜3つだけ私のやっていることを紹介させていただきます。去年の5月にニューヨークのグラウンドゼロへひまわりの種を蒔きに行きました。ちょうどWTCテロ事件後10ヶ月で、疲れもたまっているだろうから、花でも眺めてこれからどうしたら良いのかをじっくり考えたらどうかと言いたくて行ったのです。当然現地には入れませんので、近くのチャイナタウンの公園に種を蒔きました。種を蒔くのは結構難しくて、ニューヨーク市のマンハッタン南部にアライアンス・ダウンタウン・ニューヨークという有名な地元のNPOがあります。BID(ビジネス・インプルーブメント・ディストリクト)つまり、地域の人たちが固定資産税に上乗せしてお金を出し合って、そのお金で防犯とか清掃とか緑化などを行う仕組みです。アライアンスはそのBIDを運営している大変大きな組織なんですが、そこの連中と一緒になっているいました。それが一体仕事と何の関係があるかと言われればなかなか難しいところはあるんですが、かなり関係は深いんですよね。それからこの前11月にスコットランドにコミュニティービジネスの調査というか見学に行ってまいりました。どうもそういったようなことがこれからの都市の再生に非常に大事ではないかと言うことで、全くプランニングとかデザインとかには縁遠い、この8年間をすごしているというのが実状です。

(平峯)

ありがとうございました。私は寺谷町長がリーダーとして頑張っておられる話をお聞きしたものですから、今日の話を楽しみにしております。お話は色々とございましたがこれらを実行していくとか実現していくと言うことが常に我々共通の課題点です。この共通の課題をどうやって実現していくかという仕組みというか問題点はどこにあるかというのは、これからの都市再生を語るには重要な事柄です。と言うことは障害となっているものは何かということになろうかと思います。私は地方自治体に長いこと勤めていましたが、今はもう離れていますので国の悪口を言ってももう誰も影響はありませんけれども、例えば一番大きな都市再生フォーラムの中で伊藤先生が様々なことを提案された時にまず障害になるものはどんなものがあるか、霞ヶ関の官僚が色々批判を受けていますが本当にそうなのかどうかと言うことも、必ずしもそうではないと言う人もいます。また、寺谷町長がいろんなことをやろうとした時に、片山知事あたりが色々頑張ってくれるのかは知りませんが、実行しようとしたときに障害になるのは何なのか。小林さんは阪神淡路大震災の時いろんな面で苦労されたんですけれどもそれ以後しくみがどれだけ変わったのか、本当に仕組みが変わったのかなかなか難しい問題がたくさんある。まずそう言うところからちょっと悪口を言って頂けたらと思っておりますので。一番強烈な悪口はと言えば伊藤先生になってしまいますので、大きな意味での仕組みづくりについてお願いします。

(伊藤)

よくある話で私の経験を申し上げますと、国の役人で私の一番近いところは非常に会話が成立するんです。都市再生本部の役人と私たちは会話が成立します。こういうところが解るだろうと言えばそうだとか、じゃあこれは制度化しなければいけませんねとかこういう話をするんですね。一番解ってくれる。ですぐに動いてくれるんですけれどしかしそれはもう、理事長ご存知のように省庁の中にいくと一番近くで解っても最終的に予算措置とか政令とかあるいは通達になるというのはこれからずっと段階を経て色んなところへ下りていく訳ですよね。局の根回し、課の根回し、省の根回し。そうするとそこで出てきたものは始めに考えていたものとは全く違うむしろ始めにこうしたいという事を阻害するような制度も生まれかねない、これはもう十分ご存知だと思うんですね。ですからそういう点では制度にするプロセスの中で強烈にやりたいことを維持管理していく政治的リーダーあるいは行政的リーダー、これがいる必要があると思いました。例えば都市再生についてきちっと解ってくれる若い自民党の代議士ですね。これはちゃんと面倒みますよと担当副大臣みたいなかたちで。その大臣に言えばちゃんとやってくれる、要するにワンストップショップと言うんですね。その人に仕事を預けたんだからその人にちゃんと責任をもって答えを貰うとか、どんな根回しをしてもいいけどそこにいつもきちっとしたわれわれの行っていることは担保されて、それが必要な気がしますね。むしろ前向きというのですかね。

もう一つは草の根にも関わるんですけど、地方に行きますと都市計画法とか建築基準法とかこういうものが解らない市役所のお役人っていっぱい居るんですよ。それから実践の経験もない。武蔵野市長に有名な土屋という市長がおられますが、ここでおしゃべりしたんですが武蔵野市はそこのところいろいろ有名ですね。革新的なことをやっている。しかしそこでも基準法とか都市計画法をきちんと理解してそれをもとにして武蔵野市の都市計画行政或いは建築・土木行政やってくれる人っていうのはほとんどいないっていうんです。

これは小さい組織ですから都市計画20年やったら絶対出世しない訳ですよね。だからやっぱり都市計画やって、福祉いって、教育委員会いってこうやって段々あがっていくというわけですから。これは土屋市長言ってましたが役人世界では必ず次がいいから、次に渡すために2年ここでとにかく行くっていうのがどうしても起きる。で、そういう人たちがいる訳です。そういう人達は政令とか通達とか制度というものは自主的に判断しないでルーティンを守ることによって過ちを少なくするというようなことをやります。

私この去年経験したんですけど、あるマンション建て替えをやってまして開発許可を取るということになりました。開発許可は全員合意で無くても取れるんですよ。しかし区役所の窓口は全員合意でないと開発許可をおろしてくれないですよね。でどうしてかというと、今まで区役所でそういうことになってましたからと言うので、建設省の通達があるけどと言うと、さあそれは知りませんと言う。それで決まったら、今度は全員合意というのは地権者だけかと思ったらそうじゃあなくて、銀行すなわち債権者も全員の中に入るんです。担保にしている銀行のお墨付きももって来てくれってこうなりましてね。でちょっとした反乱を起こしまして乗り切ることができました。ですから、意外と、一番上が考えていることと現場の距離を短くする状況をどういうふうにして作ったらいいかという点が大事です。まあ多分平峯さんのような大事な人が真ん中でそういう距離を短くする努力をされているんだと思います。

(平峯)

ありがとうございました。寺谷町長はもうリーダーですから私がやると言えば打たれても打たれても潰れなければ出来るということですかね。

(寺谷)

あの、実はですね去年の11月に智頭町が総務大臣賞を頂きました。この理由はこういう小さい町が一生懸命頑張っているから国を支えているんだ、これは大したものだと。全国で3つの町がありましたけれども、総務大臣片山虎之助名の賞を与えるということでしたので、誰か行って貰ってこいと指示を出しましたらえらくお叱りが来まして、こんなにありがたい賞を町長が自ら取りに来ないのはどういったことだというんです。そこで急遽出かけたんですが、何故か心が弾まないんです。11時に賞を与えるというんですが、8時半に来いとの指示です。何故8時半に行って何をするかといえば、係のものから大臣が授与する時のリハーサルをしろというんですよ。嘘みたいな話でそんなことは練習などしなくてもと思ったのですが、言われたものは仕方がないんで練習したんですよ。しかし何故かまだ心は弾まない。その後貰ってからはっと見たら総務大臣片山虎之助の印が押されていないんですよ。係が忘れてるんですよ。とんでもない世界ですよ。あまりにも滑稽なので一言だけ「ありがたく頂きます。ただし一言だけコメントさせてください。というのはいま合併の件で総務大臣片山虎之助氏が一方では小さな町が日本を支えていると言いながら、同じ人が人口1万人以下の町はいらないから切れと言っている。うそ〜。」と言ったら皆さんお笑いでしたけどね。何だかやっていることが、同じ人間が片方でよいしょしてもう一方で死ねと言っている。そういうことなんです。

それから、智頭町では3年間かけて知事を口説き落としたんです。つまりこれから環境をテーマにしなければいけないと言って町の中心を流れている幅60mぐらいの川の水を汚してはいけないんだ、日本は高度成長期に行けいけどんどんで空気や水を汚してしまったし列島改造で古い物はどんどん壊してしまったんですね。これらのつけがいまの空気や水の汚れなんです。だから私たちのような小さな町が日本の国を命がけで守らなければならないんだということでやっているんですが、その中で知事を口説いたんですがその内容はきれいな川の上に環境をテーマで屋根付きの橋を架けたいと言ったんです。これはもう了解を得たのですが、橋のドームの屋根の中にシャンデリアや音響装置も入れて、その中で環境というテーマで国際会議をやりたい、他にその場所で宴会や朝市や子供たちのギャラリーに使うなど何でも出来る施設にしたいという空間ステージにする。そこに例えば大阪の人に1週間お貸しするので何かイベントを持ってきて欲しいといった試みも出来ますね。といったイメージで口説き落としてこれから作ります。それをしようと思えば国道を越えて架けなければなりませんので、河川と道路が中が悪いものですので道路にお願いにいくと河川が良い顔をしなかったりして、国の縦割り行政が出るんです。このように国の施策の誤りを我々のような田舎の人間が、汗水垂らして頑張っているということをもう少し中央から先生のお力を借りて助けろというように言って欲しいんです。

合併の問題でも、単独で生きるのは本当に難しいんです。難しいですが鳥取の片山知事は理解があって、智頭町は絶対に20万都市になっては駄目だと言って、県が責任持つからというので机の下で手を握りまして単独存続を決めました。寄らば大樹の陰といいますが、私は、これからは県とパートナーを組んでやっていこうと思っています。

まあしかし先生、国の組織というものともう少しきれいな気持ちでやっていきたいものですね。  (笑い)

(平峯)

道路と河川などの話のように古典的な課題が出てきましたが、これからどんどんこういったことが問題になると思います。

小林さんには阪神淡路大震災以後の状況が忘れさられて行く中で、仕組みをどう再構築していくのかが我々のテーマとして共通する話題となると思うのですが如何でしょうか。

(小林)

大震災のあとの不満の話よりも、私のところは草の根型・個人商店型のコンサルタントとしての仕事をしてきてましたので、震災のあとそういうタイプの仕事は伊藤先生にも随分と贔屓にして頂いたりして、逆に随分と日の目を見たところがあります。こういった場所に呼ばれるようになったのもそのおかげかなと思います。震災がなければこういったことも無いでしょうし、震災で色々とやったからここでパネラーとして話をする機会が与えられたのでは、と思っています。これが実は先ほどのお話にもあった土建業的な事業ではなくて人件費型の事業というかそういうタイプの仕事が、市民権を得たということだと思います。これは震災以降に市民の復興をどういう形で支援するか、その為にはどういう人や仕組みが必要なのかということについて、必然的にそういった形になったのではないかと感じます。一つだけ文句を言わせて頂きますと、そうは言いながらその後数年を経て忘れてしまったのではないかとおもうことがあります。特に再開発とか区画整理など都市計画事業がどういう形で始まったのかについての認識が、担当者も交代するという理由もあるでしょうが薄れてきて、ただ事業を単純に進めれば良いという感じがみられます。

しかし本当はそうではないという思いがあって、市民と一緒にやろうという初心をもっと大事にしてほしいと。こういった気持ちは今でも全く無いとは申しません。全国でも兵庫県や神戸市は、まちづくり支援事業やコンサルタント派遣事業とかについて、例えば大阪に比べても一桁以上多くの支援を頂いていますが、生きて行くにはまだ一桁足りないという世界ではあります。もうひとつこれからはスピードが大事です。先ほど伊藤先生が仰っていたことはその事ではないかと思うのですが、例えば震災から3ヶ月の間を私たちは震災ユートピアと言っていました。これは現場で考えてこうしたほうが良いということを、せいぜい役所の係長クラスの人と話をすると次の日に途中のクラスを飛び越えて局長や市長クラスに話が通じていて「やる・やらない」の結論がなされて、1週間もあれば出来たことがありました。なんだやればできるんだ、という気が今でもしていますし、今でも都市計画決定などもその気になれば2ヶ月もあれば出来るはずですが、今やれば多分2年かかると思います。それじゃ、何故こういったことがシステムとして出来ないかと言えば、当時は非常時だからという言い方がある。しかし非常時でなくても出来ることはいくつかあるという気がします。そこら辺で何が違うかと言えば、スピードの問題で現場で判断できることを中間のところで文句をつけない、基礎自治体が決めることを府県がごちゃごちゃ言わない、もっと言えば国土交通省が補助金をつけていろいろと注文をつけるより自分たちの税金を集めておいて自分たちがやったほうが早いんじゃあないかといったところに都市再生の大きなテーマがかくされていると思っております。

(平峯)

いろんな事をすすめる上での課題として、これもよく言われているんですが日本的なシステムをどう変えるのかということについて個々の問題で改めていかなければ仕方がないのではないかと思っています。その時に市民・住民の意識がどうあるかということについては大変重要なことだと思います。そこで例えば寺谷町長が1/0運動を提案された時に地元の皆さんの受け取り方はそのスピードも含めまして、例えば地元からの文句であったり反対運動があったりして、そのスピードも大変ですし意識を変えていくにも大変なものがあると思うんですが、その時にこういうことが出来るまたこういったことが大変だといったことがありましたら是非お願いします。

(寺谷)

1/0(ゼロ分のイチ)運動なんですが、住民というのはどこもそうでしょうが、行政に対しておんぶにだっこなんですね。

例えば蛇が出たので福祉課に取りに来て欲しいとか、軒先の蜂の巣を取ってくれとか言ってきます。何でも役場を使おうとする。そういった形ではなくこれからは自分たちの集落は自分たちで守りなさいとそういった中で肩を寄せ合って頑張って貰い、それを寄せ集めると一つの智頭町が形成されているんだ。今町内には89集落あって、まず手を挙げて貰う、そこで10年スパンで自分たちの集落をどうしようということを計画してください、その計画が出たら私のところに持ってきなさい、そこで審査をしてOKがでたら1年目は50万・2年目50万・あとは年25万の10年目までということで自分たちの思うようにさせます。町からは一切口出ししないという形で始めました。

最初のうちは、田舎になればなるほど年寄りが幅を利かせていて、会合なども爺さんが出ていて若い嫁などは出られる雰囲気でもなく出たこともないといった封建的なところです。

ところがこの1/0をやってから年寄りだけの会合では、将来がわからない。10年後には死んでしまっているだけという話になる。そこでどうしても若い人の感覚が必要になる。

そうするとまず何が起きたかというと、この会合にまずおばあちゃんが出始めた。すると夜の会合でおばあちゃんがつまずいて怪我をしたら困るというので嫁さんがついてきた。そうすると子供までついてくる。そうやるとどんどん参加者が膨らんで夢話が始まったのですね。ああしようとかこうしようとか。これがうまく機能したところは人間的な新陳代謝が自然に出来てしまった。古い人が若い人をバックアップしてやろうとし出した。そうすると若い人がもっとやろうとしてきて自分達の集落を良くしようとする。そうなると勢いづいて競争が始まって、他の集落こういったことをやっているということで、ある集落がそれじゃあ俺たちは集落全員をあげて劇をしようということになった。そして、年に一度発表会をすることになった。今度もしますけどもね。色々あります。また、私の方からある集落に、あなた方で香りのある集落を作って見ないかと提案したんですよ。例えば金木犀を毎年々々植えなさい、と。そうするとある時期がくるとその集落に来ると香水の香りがする集落になる。香水というとフランス、フランスと今度は勝負しろと。これは冗談で半分言ってるんですけれど、これは目標を持つということなんですよね。我々が手を下さずに、アドバイスをしながら目標を持ってもらう、目的を持った集落は強いですね。逆に目的をもってないところは町長叩きばっかりに走っている。本当に。あれが駄目だ。こいつはどうのと。そういうきちっとしたところはおんぶにだっこはもうやめようと、自分達で生きていこうと、これはすごいことだと思いますね。そういうことでこの1/0運動も、かなり全国的に自分達の集落でもやってみたいと言うことで、お見えになります。我々も精一杯汗水垂らして1/0運動としてやった訳ですけれど、県外の人は見学にきてそれじゃあうちでもやってみようと良いところだけを取って帰るんですよね。しかしそういうのは後から調べてみるとうまくいってないんです。空中分解してますね。結局自分のところから生まれてきた物でなく、人まねっていうのはうまくいってない事があるみたいですね。そういった事が1/0運動です。

(平峯)

大変おもしろい実践の話でしたが、小林さん、我々も長い間都市計画をやっているんですが、今のようなお話でリーダーと市民が一緒になってそういう意識で頑張っているというのは京阪神では如何ですか。本当にこれから伊藤先生の福祉とか文化・歴史とか美しい町を作ろうとすれば、必ずやらなければならないシステム作りですね。そういった面からして如何ですか。

(小林)

今日のレジメの8ページの下のところに書いていますが、震災復興のキーワードは何かということで5年後の検証作業があって私たちが思ったのは「自律」と「連帯」であった訳です。町長が言われた集落単位の自律についてですが、レジメにも書いています「見えない巨大なシステムは危ない」というか大きいモノは大体「もろい」というか「やばい」、これは本能的にそういうことになりまして、ますます最近は経済的にも物理的に大きい物は全て「やばい」。小規模分散型の生活圏を、皆で自分達が出来る範囲でやっていくのが基本ではないかと思います。これは何かといえば大都市がもう少し小都市というか過疎集落というか、そういったところでやってきたこの20年の活動を見習うべきではないかということではないかと思っております。

私も5年ほど前から兵庫県の中央部の生野町という5000人ほどの町へ行って、まちづくりのアドバイザーというようなことをやっています。殆どお金を貰って勉強しにいっているようなものでありまして、そこで行われている様々なやり方、いま智頭町でやっているような事と似ている「地域づくり生野塾」というのをやっているんです。そういうことをもう少し大都会の中でやるべきで、出来れば自律生活圏というのは5千人から3万人の程度でやるべきと私は決めています。それぐらいの単位づつに皆別れてしまったほうが良いと思います。例えば六甲アイランドには1万5千人住んでいますが連合自治会長が一人いますが、智頭町より大きいですね。しかしそこには教育委員会もなければ町民会館も無い。町長も助役も当然いない。自治会長がいるだけですので無理ですよね。

そこを「六甲アイランド町」で独立すれば、多分もっとそういったことが出来る。それはお金の面では大変だとは思いますが、自分達でやるということに対する自立心がベースにならないといけない。それが、3万人が50個連結して神戸市があるとか。合併問題ではなく市を分割する運動というのを唱えているんですけれど誰も賛成してくれません。

前の神戸市長はそうだなと言ってましたが、とりあえず区単位で別れてしまうとか。大阪市もとりあえず区単位で別れてしまったほうが幾分かはいい町になるんじゃあないかと思います。大きい方が何かと「やばい」気がします。

(平峯)

あの、伊藤先生。いまのお話の中で最初の「草の根まちづくり」というのは少しそういう別の政治力学的にということでお話されていましたけれども、智頭町長あるいは小林さんの意見をお聞きになってそういう意味でのまちづくりについての意見は如何でしょうか。

(伊藤)

私の先ほどの話では、都市再生本部の中での草の根というのは政治力学的に出てきたということですが、実は私はそれとは別にすこしは草の根的なこともやってまして、ですから都市再生本部が草の根という政治的な色彩のものを出す前から、実は日本の中に草の根的なまちづくりがいろんな形で動いていて、ひとごとだと思っていたら私もやっていたという状況にはなっていると思いますね。

そこで草の根と言ったときに良い住民が良いリーダーのもとに全て良い答えを出すかといえば、そうではないんですよね。それは皆さん十分にご存じのところです。まちづくりを会議でかければでかけるほど仕事ははかどらなくて、会議が空転してそのうち組織が分裂して、ねらったことが駄目になったことはいくらでもあるわけです。ですから東京のようなところですと無関心でいても生活出来るわけです。区役所のサービスがそうなっちゃた訳ですよね。何でもやるように。だからそこに、何で改めてまちづくりって言うと、それなりに町の中で特定の話題について非常に真剣に考えている集団がまちづくりのことを提起して、強烈にアピールしないとお金のある住宅市街地では何も起きないんですね。起きなくてもいいんじゃないかという意見もあるんですが、その話題というのがいくつかありまして、それが最近起きている自分の生命財産に関係することであるといえば皆真剣になると思うんですよね。

阪神淡路の時も生命財産に関わったことですよね。生命財産に関わったことをこうすればいいのじゃあないという風に小林さんが一所懸命やるといったわけですよね。で、わたしの経験だと非常に複雑な話題がありまして、私の住んでいる杉並のある駅なんですけれど、学生が非常に多く降りる駅なんです。そこの踏切が平面なんです。駅の出口は一方しかありませんので、出口を出て平面の踏切を渡っていかないと目的地へ行けない場所が一杯あるんです。その目的地のいくつかが聾学校です。それから病院・工場それから高等学校といろんな人が踏み切りを渡ります。統計的に10年に1回事故が起きるんです。生死に関わる。でも踏切は直せないんです。役人の基準がありましてね。踏切の幅を大きくすればいいんじゃないかというのが、これが直せないんです。でどうしたらいいかというので、それで子供を聾学校やお父さんを病院に通わせている人たちから踏切を立体化しようという話がありましてね、そうするとまとまりました。ものすごく急速に。区長に掛け合いに行って、立体踏切に必要なお金というのをとにかくせかせて1年で1億円の措置をしてもらいました。それで30坪の階段になるところのパチンコ屋を買いましてね。坪300万で。次が問題でしてね。そうやって立体の横断歩道が出来ますとね、実は両側にスーパーがあるんです。片一方の方は人通りが多いものですから、バスがそこに来る。タクシーも来る。そうすると人通りの多い側、南側なんですがそこに小さくても良いから広場を作って植木を植えて、何かちょっとした溜まりにしたい。そうなると何が起こるかとと言えば、南側の商店街が栄えて北側がすたれる。それぞれに零細商店があるので生死に関わるのですね。北側の商店街が南側にそういうことをさせないように動くわけです。これは生き死にに関わる。豆腐屋がつぶれるとかそば屋がつぶれるとかの話。南側にそういうことはさせない。踏切は良いと。しかしそれからの草の根のまちづくり再開発は北側は反対であるということを住民同士で言い合うんですよね。こういう話がいくらでもこれからまちづくりで草の根で出ると思うんです。

その時にある答えをどういう風に作っていったら良いのかを、これの答えをだすのが実は専門家草の根まちづくり都市計画家小林郁雄さんではないかと思うんですね。ケースがですね、県庁や府が出すマニュアルには絶対行かないケースがありましてね。それが町医者的赤ひげ的都市計画家が必要だということ、だから今の話でもそこに今まで来ているそこのご用聞きの兄ちゃん呼んで聞いてみるよといえば、その人がずっと長いこといればある程度社会的信用を得ているわけですから、その人が良い知恵を出すことはよいことではないかなと思います。そういう人が忍者のように草の根のように全国に一杯潜んでいて、何かトラブルが起きたときその人が活躍して答えを出す、という風にしないと草の根というのがうまく機能しないと思う。

それからもう1点。住民のほうなんですが、マンション建て替えで50人の住民とつきあったんですが、そのうちの3人はあらゆることに理屈抜きで反対する人がいる。それから徹底的にさぼる、最後に追い出すと言ったときにようやく金を払う、こういう人がいるんですよ。どうしようもない人。それはイデオロギー的反対、革マル的反対でも共産党的反対でもない。文化論的反対でも何でもないんです。とにかくいるんですよ。これは社会の害だと思いました。これを50人のうち45人が賛成したら、そういう人達を契約の精神に基づいてルールアウトしてしまう、要するに排除する。ということをビジネスライクにするということをもうちょっと区役所が言って良いと思うんです。しかし区役所がそこで腰が引けて、そこで我々相当頑張ってやりましたけれども、区役所がちょっと言ってくれればマンション建て替えが半年早く進んだんです。絶対に居るんです。徹底的に怠けて、夜も帰って来なくて浮気ばっかりしてて、あいつ女のところにいってるんじゃあないかと言われているのが。1ヶ月もいないんですよ。何軒も居るんじゃあないかと探りをいれると、以外にかねを持っているんですよ。どしようもない。そういう住民をどうするかというのが草の根の次の話題かと思いますね。

(平峯)

今のご意見に何かありましたらどうぞ。
(小林)3%の話は仰せのとおりで、もう少し解説しますと1:1:6:2というのがありまして、大体何事も10%ぐらいの人が何かやり出そうと言えば始まると言われてます。
それに10%の人が賛成すると残り60%がすぐついてきます。ということは8割がこういったことをしようとすれば大体賛成してくれます。しかし、2割は賛成しません。その2割をどう説得するかというのが運動の全てであって、最後に3%残る。その3%が反対すると出来ませんよね、我が国のシステム上。そこで土蜘蛛プランナーと私は呼んでいますけれども、その地域に信頼を持ったプランナーなり都市計画家なりがその3%を説得する。そういうのが草の根型都市計画というのか、私はそれをまちづくりと呼んでいますけれども、まちづくりは都市計画とは違って運動であると考えております。環境を改善していく運動、運動することがまちづくりであって都市計画っていうのは制度の問題ですので、その違いが大きいのではないかと思います。

(伊藤)

小林さんは暖かい人情家でしてね。中に土蜘蛛がいて町医者が居たらそれにほだされてOKということになっちゃう。絶対東京にはそんな人間はいないんですよ。5%は本当なんですよ。ですから私が思ったのはこれは一種のルールであって、どんどん裁判をやる。弁護士を使う。配達証明を送りつける。送りつけることを執行部がやるとだんだん執行部も暗示にかかってやる気が起きてくるんですよ。それで民事裁判をおこす。それをやるべきだと思う。要するに契約というもので、私の中では50人のうち3人だからいいんですよ。6%です。そこまできてどう見ても返事もしないそういう人間を一体助けて良いのかといえば助けてはいけない。堂々と裁判でやる。僕はそれを3件やりましてね。そしたら女性の裁判官がものすごく建て替えに理解を示してくれまして、裁判を起こしたらすぐに現場を見に来ました。それで、あの人の言う地震に大丈夫だと言われるのは間違いだとすぐ解りましたと言って、すぐに大丈夫だと言う意見を採用しないということになった。裁判官も変わってきています。

(平峯)

今の話のなかでもいろんな草の根まちづくりをやりだすと、医者の診断的なものからいろんなことをやっていかなければならないと、それはその通りだと思うんです。

今日お集まりの皆さん方にはコンサルタントという業務をおやりになる方々が沢山いらっしゃる。いつも私たち最近疑問に思ってきていますのは、NPOとコンサルタントというのはまちづくりの中でどう関わっていく、どうあるべきなのかがいつもテーマになる。

小林さんの場合はもう自分で立場を作られたかどうか解りませんが、コンサルタントは変わるべきものだと思われますか。報酬を請け負い的に役所から請けて何かをする、或いは本当に住民の方から何かを請けてするような立場はまだ殆ど無いのかもしれませんね。こういう意味でその関係をどういう風に整理したらよいのかについて何かご意見はお有りでしょうか。

(小林)

今日の資料の9ページのところに建設コンサルタント協会というところの雑誌のインタビュー記事が出ています。実は原稿を書いてくれということでしたんですが、とても原稿をかく時間がないのでということで、インタビューにしてもらったんですけれども。

一般的な建設コンサルタントと言うのと、私がそこでお話ししたこととはかなりの隔たりがありまして、かけ離れたこちらのほうはそこにも書いてますように、まあ死なないように生かせておけというような風で、伊藤先生のお言葉を信じて生きていくぐらいならなんとかなるという世界です。基本的にはまあ個人業的なまちづくり系コンサルタントで株式会社ですが配当などするわけがないので、配当しなければNPOです。日本の設計事務所の95%までは実質NPOだと思いますね。

建設コンサルタント会社はちょっと知りませんけれども、設計事務所などのそういう人たちはもう既にそういう役割は担うべき立場にあり、5千人から3万人のコミュニティー一つづつ受けもてば、3,000人くらいの仕事はあると思いますので、そのほうが世の中の為かなあと思います。そうではない鉄道とか水道とか我が国の土木建築的なものを支えるコンサルタント業というのは別にあると思いますが、それは私の知ったことではない世界という思いです。

(平峯)

これからそういうまちづくりになると必ずそういうものが出て参りますし、先ほど智頭町長の場合は、学という場所がそのフィールドワークにもなったということから色んな動機付けもありましたね。色んな意味でのまちに対する興味をもって何かをしようとする人たちが沢山出てくる。それがある程度の、それはNPOでもいいんですけれども私どものNPO全く雇用にも役に立っていませんし何にもなっていないんですけれども、いずれそういうことになるとすれば、どこからかの若干の報酬でも得てお手伝いする人が増えてこないかと思いますね。それと智頭町長の場合は大学のほうからのおもしろい提案もあったのですか。

(寺谷)

ちょっと草の根とは違うかも知れませんが、じつは今私がやろうとしていることは、単独で生きていくわけですから本当に心が揺れました。矢切の渡し「連れて逃げてよ」という感じとみなしごハッチの「たくましく生きなくっちゃあ」という中で、知事と密約をやりまして面倒見てやるということで単独でやることにしたわけですけど、実は5年前に私が当選してすぐに60歳以上のシルバー人材センターを作りました。今ちょうど5年で約1億円の産業になりました。この1億円は智頭町の中でやりとりしている訳ですね。

例えばありとあらゆる事をするんですから、障子の貼り替え・お墓の掃除・屋根は直す・ふすまの修理と何でもします。確かに60歳以上の仕事はできたんですが、今度単独で生きるということになりますとこれだけでは駄目だ。いま投げかけているのはシルバーの皆さんに「あなた達は智頭町のお金を1億円働いて貰っているのだから、そのうちの1割を福祉に使おうじゃないか」つまりピンハネですね。1割出しなさい。そうすると仕事を頼んだ人も、頼んだ事のお金の1割は結果的に福祉に回るんだと解るし、働いた人も自信持って自分の働きの1割は福祉に回るんだなと思う。そういう風に外にお金を逃がさないで内で回そうとしました。さらにスタンドの社長を呼びまして普通の商売ですと隣の店より5円安くするから買ってちょうだいというのが商売ですよね。しかしガソリンスタンドの社長に聞いてみたんですよ。「リッター50銭高くします。ですけれどうちから入れてください。この50銭は子供達の教育に使いたい」そういうことをやったら社長どう思うと聞いたんです。そうすると面白いと言うんです。他におじいちゃんおばあちゃんが作った野菜を5円高く買って貰う。その5円を今度は障害者のために使うと。ということで町の中でこれからお金を回さないと単独で生きることは難しい。国もお金がないから絞っているわけですから、すり寄ってお願いと言っても出してくれませんので、もう生き様をするしかない。

いまちょっと福祉のことに触れさせて頂きたいのですが、旧い物を大事にするということでですね、私は人間が1年ごとに古くなるんで福祉を徹底しようということで今80億円かけて福祉のための保健医療センターを建てています。その中にはホールも作ります。ここよりもっと大きい。これからの福祉は暗いイメージでは駄目だ。歌でも歌ってちょうだい。公園も作ります。それからもう一つは全国調べてもなかったと思いますが、弱者のためのトレッキングコースを3〜4km作ろうと。例えば秋になると稲刈りを車いすに乗って直に触ってもらえる。川から出る本物の水をこうやって手にすることも出来る。車いすの方は、誰かに押して貰わなければならない。これには学生を使おう。智頭町に福祉のボランティアでいらっしゃい。おにぎりと梅干しは出す。ということですね。学生も遊んでばかりいないでということですね。

もうひとつは今、鳥取自動車道が建設中です。インターチェンジが町に出来る。殆どトンネルばかりで大量に残土が出てくる。そこで私がこの残土を金の砂に変えて見せるとキザに言ってみたんです。そこで山を買って残土を埋めたんです。1万坪の平地が出来るんです。そこにいま何をしようかと思っているですが、神戸とか大阪のための「じじばばタウン」をつくるぞ、と言ってるんです。ちょっと言葉が悪いですけれど。ただで出来た土地を安くしましょう坪3〜4万円でもいいや。智頭町は林業の町ですけどそこに住み着いてもらえれば町として補助しますよ、10分もしない場所に病院もある、きれいな空気・本来なら一呼吸いくらで貰える、そういった綺麗な森をバックにした福祉のゾーンを作ろう。

元気な方はトレッキングで山を歩く。弱者の方はふきのとうの土の匂いを嗅いだりと言う世界で住んで貰う。高速道路開通で大阪から30分速くなる。そこで大阪から早く逃げ出してください。30分早く逃げ出すとその分長生き出来ますよ。空気も水もきれいですから、同じなら住んでください。ということですね。このコンセプトはじいちゃん・ばあちゃんとお孫さんとの組み合わせです。土日には必ずお孫さんを呼んでください、川遊び・山遊びなんでもありますよ。これからおそらく道州制になると思いますから、ふるさとが無くなってくる。今から保育園の子供達にふるさとを持って貰おうということで是非やりたいと言うことです。先生方の仰る大きな都市ではなくて原点に帰った村づくりですね。本当の原点に帰る。これから宿泊も考えていますけれども、温泉は出ませんので五右衛門風呂を100個つくれと言ってるんです。五右衛門風呂も無くなってきているので、だったら小高いところに置いて「絶景かな」という雰囲気をつくればいいんじゃあないかということです。要するにすべて原点に帰る。スピード時代にあわせてスロータウン、スローでいく。スローというのはゆっくりのんびりではなく、原点を見つめ直す。だから、隣近所・人間関係それに学校もそうですね。いま文部省のカリキュラムも全て東京からの発信ですね。寒い北海道も暖かい九州も同じカリキュラムですけれども、私はいま教育長にはっぱをかけて文部省に向かっていけ、怒られたら責任は私がとるのである程度は文部省の言うことは聞かなくても良いと言ってます。誰も居なくなった集落を文化庁と保存集落ということで組んで建て直し、草葺き屋根も直しました。本当に何もないところですよ。

そこへ大阪から偶然ある女性が来まして、「このまちに住みたい」と言い出した。詩や絵を描く人なんですが草葺き屋根の家を喫茶店にしたらものすごくはやっているんですよ。本当ですよ。一度来てみてください。コーヒーもたいしておいしくもないですよ。しかし何故こういうところに人が来るのかなあと思います。ロケーションがいいんですねえ。

味の素ではないですけれど、土の匂い・せせらぎの音でコーヒーを飲むと美味しくなるのでしょうね。そういう村づくりです。

(平峯)

大変面白い話でしたが時間も迫ってきました。欲張ったテーマでやりましたので、こうなるだろうとは思っていましたけれども。最後にひとつだけ伊藤先生にお聞きしたいんですけれど。都市再生と言いますと「大環状道路」「密集市街地」。これは淡々とやれということだけで良いですか。

(伊藤)

私がそういう思いをしましたのは、ボストンでは17年かけてビッグディッグというのをやっているんですよ。これは淡々としています。もう後2〜3年で出来ます。予算は倍以上かかりました。これは日本社会と同じですね。ああいう大きなものは住民も変な抵抗しないで、ボストンは変な抵抗が無かったんです。淡々と連邦政府予算が付く範囲で17年かけて、あと2〜3年で21世紀の土木史に残るすばらしい地下の空間が、でそれがボストンの文化を再生するんです。やっぱりそういうふうな観点で淡々とやっていただきたい。ただ作ればよいというんではなくて、もうちょっと文化的雰囲気をくっつけておやり頂ければ良いと思いますけれど。それでいいんでしょうか。

(平峯)

最近は都市再生でも土建屋的という発想が先につきますと、反対するとか少し厭な目をすることが多いですが、今のように骨太のきっちりしたものはちゃんとやるということですね。

(伊藤)

私は中途半端に日本橋の首都高速を建物の間を抜けて変に造るというような、姑息なことをやらないであの道路は地下に埋めるか撤去するという原理原則にきちっと乗っかって淡々と土木事業費をきちっとお使いになるのが良いのではないかと思っています。

(平峯)

安心して頂きますように。

少し質問もきておりますが会場のほうから何かご発言をうけてご質問を受けたいと思います。本日お見えの枚方市民会議の末岡さんお願いします。

(末岡)

ご指名いただきましたので、ご質問させていただきます。

今日お話を聞かせて頂いて、私どものような40万人都市でまちづくりを市民の手でやっていきたいと思っている者にとって、智頭町のやり方はすごく羨ましく思いました。

規模の小さな自分達が把握できるまちづくり、目に見えるまちづくり、小林さんのおっしゃるように巨大なものほど怖いことを実感しています。こんなまちづくりを実行していこうとしている私達にとっては小学校区レベルでまちづくり協議会があるこれを何とか活かして繋いだまちづくりにしたいと思っているんですが、何か目覚めようとしないせいでもっと主婦も目覚めてほしいなと、今日伊藤先生のほうから60歳のおじさんの活用法というのがありましたが、主婦の活用法というのも触れて頂けるとありがたいなあと思います。よろしくお願いいたします。

(寺谷)

じつは良いことを仰って頂きました。私の町も商店街がありますが殆ど死んでいます。商店街の皆さんは町がここにトイレを作らなかったからだとか、駐車場を作ってくれなかったから寂れたと言う。本当は違うんですけれどもね。私は実際にこういう仕掛けをしてみました。日本で女性のギャラリーを持っているオーナーに限る、この方達に智頭町という地図にも載っているかどうか解らない町に来ませんか。交通費は一切払いません。

お食事は勝手にどうぞ。宿泊も自前でどうぞ。ということをやってみました。17名おられました。ギャラリーのオーナーが六本木・銀座・山梨・北海道・・・。で皆さん凄いんですねえ。皆さん中年以上ですか。しかし話していることが我々とは全く違うんですね。

博報堂の誰々がとか電通の何君をとかね。何だか全然違う話なんです。でもね。私は折角来て頂いたんで、夜いっぱいご馳走しようということで飲んだんです。それで11時頃に眠たくなったんでもう帰ろうと言ったら怒られました。町長、あなたは何でこんなに早く帰るのって。実は私が思うに、男性はよしやろうと言いますがその晩に必ずお酒を飲んで次の日には必ず忘れてます。いい加減だから。女性は特に主婦が一回本気になると絶対に真面目ですから。こういうこともあります。女性が動くと男性がたつ。男性がたつと世の中が変わると言ったんですよ。セクハラって怒られました。しかし、いま町の商店街に女性ばかり集めています。女性の感性であなたたちレイアウトしてみろと。そうしたら私が乗ると。

コンサルタントをお願いすると書類がどんと来てぱっと出される。私はそれは読まない。書いてあることを読む気がしない。何故なら自分がイメージしていないから自分の魂が入っていない。お金でお願いしてるだけだから。私が今コンサルタントをお願いする方は必ずワークショップ的な、住民と一緒になって作り上げてください、必ず住民の言ったことをこの中に入れて貰うようにします。自分の言葉が入ると本気になるんですよ。

いま、主婦を対象にやっています。もし成功すれば見に来てください。

(平峯)

伊藤先生にプロジェクトの話がありましたのでお願いします。

(伊藤)

有光さん。お見えですか。

これそうです。鶴橋のまちづくりも僕たちがお願いして都市再生本部にお出し頂いたと思っております。じつはいま分類整理をしておりまして、まだ引っ張り上がってきて来ていないんです。ただ、ご主旨のようなことですと非常に大事なものです。専門家派遣のお金が多分国にもありますし、私のNPOも少し準備しておりますので、何らかの社会的認知によってこの仕事が動くんでしたら、建設省か私のNPOのほうにFAXでも送って頂いて時間繋ぎのことは出来ます。ねらいは都市再生本部の認可だってことだと思うんですが、プロジェクトを正式に認可するってことをやるかどうかは疑問なんです。お役所のお墨付きで動くということはおかしいんではないかという議論を我々もしていまして、お金はいくけれどプロジェクトとしての認可はしないとかもあるかなという気がします。いずれディテールを私のNPOか国土交通省のまちづくり推進課に直接お手紙を出したらいいんじゃあないかと思います。はい・・。(やりとりあり)
あ〜。やってますか。じゃあ、言っておきます。伊藤明子氏に。彼女も忙しいんです。
これを持っていって言っておきます。

(平峯)

そのほか、ございますか。

事前に伊藤先生のお話の後に会場から頂いた中に「都市再生事業の資金の問題をどうするのか」がありますがこれは大変重要な問題ですし、やりだすと長くなります。また「電線の地中化は非常に有効なんだけれどもどうか」というのも当然だと思います。これらはまた別の機会にでも整理をしながら纏めていきたいと思います。

当初の予定を15分超過しておりますのでこのあたりまでにしておきたいのですが、パネラーの皆様方には何かもう一言ということがありましたらですが、よろしければ閉めさせて頂きますが。よろしうございますか。

伊藤先生、寺谷町長、小林さん非常に面白い話をありがとうございました。

この話を今後も続けていって、都市再生というものはどうあるべきか、今後どのような仕組みをつくるべきか、その為の資金作りはどうか、そのための組織としてNPOというのはどうか。NPOはまだ実態としては弱いものでございます。そういう意味で今後NPOも含めてまちづくりの仕組みを考えていこうと思っているところでございます。

今回のフォーラムが少しでも皆さん方の考える糧になればと思っております。

本日はまことにありがとうございました。皆さん方のご協力に感謝いたしましてパネルディスカッションを閉めさせていただきます。


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